それを物語ることはできない。

一昨年の10月12日、台風19号が宮城県を襲いました。いたるところで河があふれ、崖が崩れました。私は2人の親戚を土砂崩れで失いました。その悲しみと絶望からこの説教を綴りました。

 令和元年11月17日

礼拝メッセージ

「それを物語ることはできない。」

悲しみが、耐えられないような悲しみが地を覆いました。予想することができない災禍がまたこの地に訪れました。テレビからは「命を守る行動をとってください」という声が繰り返されていました。「今まで経験したことのない雨が降ります。」という警告も繰り返されていました。

しかし多くの命が失われ、数えきれないほどの家屋が倒壊や浸水の被害にあいました。

あの３月１１日からわずか8年しか経っていないのに。

なぜ、どうしてと天を仰いで問うても、答えはありません。神はいつも、どのようなときも直接答えてはくれません。

傷つき痛みに耐えている多くの人々が、うつむきながら、散乱した瓦礫の片づけをしています。マスコミは少しでも悲劇らしさを作り出そうと「どうしていいかわからない。「もうあきらめるよりしょうがない。」などという住民の嘆きをニュースにしています。

同時にボランティアの生き生きした活躍を描き、その支援を受けている人の感謝の言葉を無理やりとも思えるように引き出しています。

しかし私には、そこに災害にあった後の真実の言葉が語られているようには思えません。

きっと彼らの多くは絶望や苦しみのふちに立たされ、ただうずくまっているに違いないのです。いや思い出すこともはばかられ、いわんや言葉にすることもできないでいるに違いないのです。

最近読んだ本にこんな言葉がありました。

「それを物語ることはできない。だれもここで起こったことを想像することもできない。そんなことは不可能だ。だれもそのことを理解できない。わたし自身、いまではもう……

自分がここにいるとは思えない。いや、そんなことはとても信じられない。」

証言するのはシモン・スレブネク、彼はヘウムノあった強制収容所から生き延びることのできた3人のユダヤ人の一人です。

＊ヘウムノ　ポーランド北部の都市。1941年に強制収容所が設置され、15万人のユダヤ人、ジプシー、ソ連軍捕虜が殺害された。

人種の絶滅計画という非道と台風による災禍を比べることはできません。自分の命とどのように向き合いながら生きてきたのかという点で、決定的な違いがあります。シモンはその悲劇の悲劇性、残虐の残虐性の前のずっと立たされ、いや絶滅に手を貸すことさせしてきたために、ある種の記憶喪失となること強いられ、このように証言しているのです。

でも、取り返すことが絶対できないような悲劇に直接であったとき、その悲劇の当事者として、今そこに立たざる得ないとき、同じような「語ることができない。」という事実に遭遇するのではないかと思うのです。

この本の作者はこう記しています。

「出来事の核心を物語りうるのは出来事の核心にいた者だけだろう。ところがこの出来事は、出来事の核心にいた者がまさに核心にいたからこそ物語る能力を失ってしまう、そういう出来事なのである。」

（記憶のエチカ、高橋哲哉）

高橋は、絶滅収容所での語ることのできない出来事を通して、歴史における真実性とは何かを問うているのです。その文章はこう終わっています。

｢けっして語られることのなかった出来事、決して記憶されることのなかった出来事があったとすれば＜われわれの現在＞はそのことを知らないのだ。＜われわれの現在＞は忘却があったことも知らない。語られることのなかったいくつもの＜絶滅＞が、記憶されることのなかった災厄（ショアー）があったかもしれないのである。｣

まさに経験したことのない豪雨が、いつもは美しい景観となり、豊かな収穫をもたらしてくれる山稜の、そこの筋だけを選び、多くの木々とそれを支える大地を崩したのです。その筋にあったたった一軒の家を、その崩れた大地が埋めてしまったのです。

この出来事を目の当たりにしながら生き延びた人はいません。

だから、この出来事を記憶し語ることのできる人はいないのです。

それは絶滅収容所での出来事を語ることができないということとは、性質は違うでしょう。一方は語ることのできないという記憶の不在、一方は語る人がいないという記憶する主体の不在ということですから。

しかし失われた命の身近にあり、がけ崩れという出来事は目撃していないけれど、見たのと変わらない恐怖を感じ、流された瞬間を想像し、神に救済を求める祈りをする間もなく奪われた命のことを思い、絶望の底に落ちざる得ない者はいるのです。そしてその絶望にある者は、その出来事について感じたり、想像をしたり、思ったりするけれども、それを普通の記憶のように頭の中にとどめそれについて語ることはできないのです。その出来事のあまりの無残さのために言葉を、言葉を紡ぎだす記憶をも失うのです。

ただうつむき、ただ日常が求める行為を繰り返すだけになるのです。どのような救いも見出すことはできなくなるのです。

　このような絶望にある時、神は救いになるのでしょうか。

このような神への疑いがあってはならいことは知っています。

また次のようなパウロの言葉を知っています。

ローマ人への手紙5章 1節から6節

「このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている。 

わたしたちは、さらに彼により、いま立っているこの恵みに信仰によって導き入れられ、そして、神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる。 

それだけではなく、患難をも喜んでいる。なぜなら、患難は忍耐を生み出し、 

忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すことを、知っているからである。 

そして、希望は失望に終ることはない。なぜなら、わたしたちに賜わっている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである。」 

練達は希望を生み出すと言われています。

でも喪失と絶望しか生み出さないような出来事を経験した者にとって、またその出来事を、当事者としてではなく、失われた命の身近にあった者として経験した者にとっても、パウロの言葉を信じ、錬達は希望を生み出すなどと言うことはできないでしょう。

あまりに過酷で無残な出来事の経験から希望が生み出されるなどと自分からは到底言えるものではありません。

やはりただうつむくより仕方がないのです。

うつむきながら耐えることしか出来ません。癒えることのない悲しみと絶望を反芻し、さらに深みへと落ち込んでいくのです。

ここで詩編第6編をお読みします。

詩篇6篇 １節から4編

「主よ、あなたの怒りをもって、わたしを責めず、あなたの激しい怒りをもって、わたしを懲らしめないでください。 

主よ、わたしをあわれんでください。わたしは弱り衰えています。主よ、わたしをいやしてください。わたしの骨は悩み苦しんでいます。 

わたしの魂もまたいたく悩み苦しんでいます。主よ、あなたはいつまでお怒りになるのですか。 

主よ、かえりみて、わたしの命をお救いください。あなたのいつくしみにより、わたしをお助けください。」 

神の怒りに会い苦しんでいる者の悲しみ、そして叫びが謳われています。作者は自分が無力であり自分では理解できない神の意志に翻弄されていることを嘆き、神の哀れみにすがろうとしています。作者は自分ではどうしようもないことを自覚し神に向かってただお助けくださいというのです。

詩篇6篇 5編節から６編

死においては、あなたを覚えるものはなく、陰府においては、だれがあなたを

ほめたたえることができましょうか。 

わたしは嘆きによって疲れ、夜ごとに涙をもって、わたしのふしどをただよわせ、わたしのしとねをぬらした。 

作者は自らの死について語っています。死を思うとただ泣き続けるより仕方がないと嘆きます。死もまた神の理解できない意志の一つだからです。でも作者は嘆きながらも死の意味について考えています。死ねば神をほめたたえることができないというのです。死とは神との繋がりを失わせ、神を信じ賛美することができなることではないかというのです。

これは深い絶望に襲われたときには、神を褒めたたえることができなくなるということと似ています。深い絶望、神との繋がりが失われるようにさえ思う絶望は、死と同じことを意味しているのです。

詩篇6篇 7節から10節

わたしの目は憂いによって衰え、もろもろのあだのゆえに弱くなった。 

すべて悪を行う者よ、わたしを離れ去れ。主はわたしの泣く声を聞かれた。

主はわたしの願いを聞かれた。主はわたしの祈をうけられる。 

わたしの敵は恥じて、いたく悩み苦しみ、彼らは退いて、たちどころに恥をうけるであろう。 

憂い嘆くことの極限状態において作者は視力さえ失いかけます。涙のせいでしょうか、それとも悲しみが体にも影響し憔悴が感覚させ麻痺させてしまったのでしょうか。

だがその時突然神が、作者の助けてくださいという祈りを聞きと届け、嘆きと憂いの源を取り除くのです。

何が嘆きと憂いをもたらしたのか作者は語りません。ただ助けてくださいと祈るだけです。いつまで続くかわからない悲しみの中で泣き暮らしながら、その涙は際限なく流れ続けます。悲しみと絶望の淵にたたずんでいたのです。

この姿は、悲しみを生み出した出来事について語ることができず、ただ絶望の淵に立ってうずくまっている者たちを思い起こさせます。うずくまりながら彼らはきっと、とめどなく涙を流していたに違いないのです。

ところが詩編では突然神は、作者の泣く声を聞き、願いを聞くのです。

何故このようなことになったのか、ここでも作者は語りません。

語られてきたのは作者の嘆きと助けてくださいという救いを求める祈りだけです。それを神は何の前触れもなく聞き入れ、たぶん嘆きの原因となっていた「敵」を退けてくださったというのです。

繰り返しになりますが、作者は、どのような出来事が嘆きをもたらしたのか語りません。またどのような出来事が神の救いをもたらしたのか語りません。

死におびえ、一晩中泣き明かした詩編の作者。

絶望の淵に立ち、絶望をもたらした出来事について語ることができず、悲しみにくれる者。

私にはこの境遇が同じように思えるのです。

ただ、だとするならば、いつか前触れもなく神はその絶望の淵での悲しみを聞き入れ、うなだれた彼らの背をたたせ、涙をぬぐってくださるに違いないと思うのです。

それが何時なのか私にはわかりません。

それがどのようなとき訪れるのかそれもわかりません。

そもそもそれがなぜ訪れるのかさえわからないのです。

言えることは詩編の作者は

「主よ、かえりみて、わたしの命をお救いください。あなたのいつくしみにより、わたしをお助けください。」

と、必死に祈り続けたに違いないということです。

神はなぜ言葉さえ奪うような、記憶することができないような、語ることができなくなるような。絶望の淵に私たちを追いやるのか。

神はなぜこのような不条理を許すのか。

それは神のなさる業なのか。

それは神の知るところではないのか。

神が答えてくれることはありません。

答えがないが故に、私たちは悩み、思索し続けなければならないという宿命を負っているのです。

私たちにできることは、きっと祈り続けることなのです。

最後に主の祈りを捧げます。

「天にまします我らの父よ

願わくは

御名をあがめさせ給え

御国を来たらせ給え

御心の天に成る如く地にもなさせ給え

我等の日用の糧を今日も与え給え

我等に罪を犯す者を我らが赦す如く我らの罪をも赦し給え

我等を試みに遭わせず悪より救い出し給え

国と力と栄えとは限りなく汝のものなれば成り 」