なおりたいのか（ヨハネ福音書第5章から「ほんとうのさいはい」について考えました。）

先日娘の友人が訪ねてきました、彼はある精神病院の看護師をしています。病院にはあまりに長く入院している方いて心を痛めているという話をしました。そのことからヨハネによる福音書にある38年間病で横たわっている人へのイエスの問い「なおりたいのか」について考えました。

礼拝説教

「なおりたいのか」

6月も中旬になりました、先月から既に真夏のような温かい、というより暑い日が続いています。5月には野の花々がいたるところで咲き誇っていましたが、この頃になると受粉も済み多くの花が枯れ落ちてしまいます。写真を撮りに山に入りますが、題材となるのは花ではなく、重なり合う葉の印影や結実した小さな実、あるは森全体が醸し出す景色などが題材となります。華やかさはありませんが、自然のうつろいをどうとらえるのかが試される季節でもあります。

私たちはごく当たり前に足を使って山や野に入り、目で日差しに生える木々や水辺を見、手で触ったり，匂いをかいだり、時には実を口に入れたり、水辺に手を入れたりして、自然に直接触れることができます。人によって感じ方はいろいろあるでしょうが、そのような感覚を通して、今自分がここに居て、生きているのだということを実感し。そして感謝することができるのだと私は思うのです。

でも、もしそのようなことが一切許されず、一つの部屋からでることができず、壁と窓から見える限られた風景だけが、自然のすべてであったら、私たちはどのようなことで、自分が生きているということに感謝しえるのか。

最近、娘のある友人が訪ねてきました、彼は中学だけでなく、高校でも同級で娘が最も信頼している友人でした。看護の専門学校を出て今はある精神病院で看護師をしています。いつも他愛ない世間ばなしをして慰めてくれる私たち夫婦にとっても大事な来訪者です。この日は努めている病院に失望し辞めようと思っているという話をしました。新型コロナ感染症の影響で多くの医療機関が疲弊している中で、精神病院はいつもとそれほど変わらない経営状況にあるはずだ、にも関わらす感染症の影響があるので職員の昇給停止をするという。また医師は治療に責任を持とうとせず看護師に急病や症状の変化があった時に任せっきりにしている。また入院患者に重症で粗暴な行動を繰り返す者や20年や３０年にわたって長期に入院している者が多くその対応も看護師だけで行っている。我慢できないというのです。

その話を聞いて私が障害者担当の仕事をしているころのことを思いだしました。担当となった年に精神保健福祉法についての業務が県から政令指定都市に所管が変わったのです。また精神保健法が精神保健福祉法となり、手帳制度や精神障害者の福祉施設が法定化されるなど、いままで医療や隔離が基本であった政策が、患者本人の人権を守り、障害者福祉の対象とする政策へと根本的に変わった時でもありました。多くの困難な仕事に取り組まなければなりませんでしたが、その一つに精神病院の監査がありました。医療法に基づく監査は保健所が従来通り行っていましたが、精神保健福祉法に基づく監査は主に入院患者の人権が守られているかどうかを調べる新しい業務でした。入院手続きがどのようになされているか。本人の同意があるものか、家族の同意か、あるいは法的な措置によるのか、身体拘束や個室である保護室への入室が医師の診断により適正になされているか、長期の拘束がなされてないか等を患者一人ひとりのカルテから判断するのです、疑問があれば医師や職員への聞き取りも行います。また院内環境が快適かどうか、院内での自由な行動がどこまで許されているのか、患者が人権を侵されていると思ったときに市役所に訴えることができるように電話の設置と市役所の電話番号が掲示されているか、病院として患者の退院、社会復帰に積極的に取り組んでいるか等思い出すだけでも沢山のことを主に患者の立場に立って監査するものです。

その時、入院患者に様子を窺ったりして接することもありましたが、多くの長期入院の方がいたこと、また特定の病院では在りましたたくさんの患者が同室でいわゆるプライバシーが全く尊重されていないことに驚きを禁じえませんでした。中でも長期入院の問題は深刻でした。十代で入院し60歳を超える高齢者になっている方が珍しくはなかったのです。そしてさらに彼らの今後の退院の見通しは全くないのです。ある病院では入院患者の多くが長期入院の方というところもありました。

当時のことですから、終戦後の混乱の時代に入院し、戦後の日本の復興や豊かになった市民生活のことも知らず、ずっと同じ病室で過ごしてきた方がいたのです。むろんテレビなどからの情報や新な入院患者の話などから知識としては知っているでしょうが、現実としてみたことはないのです。社会生活の変化が激しいにもかかわらず彼らの現実は病室の空間に限られているのです。感じることのできる季節の変化や自然の移ろいも窓から見える狭い景色に限られているのです。時々散歩することなどもあるでしょうが、それでも病院の庭や近所の家々に植えられた花木だけが知りえる自然、四季の変化のすべてなのです。

娘の友人の話からこのような精神病院の現実に大きな変化はないように思われます。制度的には退院後の社会復帰や就労を目指した訓練施設や、自立生活のための宿泊施設や共同生活を行うグループホーム等が整備されてはいますが、長期入院の方がそのような制度に適応していくことには多くの困難が伴います。なによりも本人の意欲、自立したいという願いが無ければならないからです。心の奥底には入院前の平穏で幸せだったかもしれない過去だけが知りうる社会としてあり、それへの望郷と家族との生活に戻りたいという願いがあるように思います。それ以降の自分の姿は夢のようであり受け入れることできず、ただ諦めの中にあり、それ以外の未来を描けずにいるのです。しかし、何年も離れて暮らし、本人のいない生活が当たり前となっている家族、なによりも精神障害の家族や親族がいることを受け入れない差別と偏見に満ちた社会にある家族が、退院を求め、本人の願望をかなえることはできなくなっているのです。

聖書にはこんな記述があります。

ヨハネによる福音書5章 1節から5節まで

こののち、ユダヤ人の祭があったので、イエスはエルサレムに上られた。

エルサレムにある羊の門のそばに、ヘブル語でベテスダと呼ばれる池があった。そこには五つの廊があった。

その廊の中には、病人、盲人、足なえ、やせ衰えた者などが、大ぜいからだを横たえていた。

〔彼らは水の動くのを待っていたのである。それは、時々、主の御使がこの池に降りてきて水を動かすことがあるが、水が動いた時まっ先にはいる者は、どんな病気にかかっていても、いやされたからである。〕

さて、そこに三十八年のあいだ、病気に悩んでいる人があった。

エルサレムの市外の北東の端にベトスダの池があり。そこには多くの病人や今の言葉で言えば障害者がたくさん体を横たえていたというのです。そしてそこには38年もの間病んでいた者がいたというのです。どのような状況であるのか私たちにはにわかには想像できません。屋根のある回廊に並ぶように横になっていたのでしょうか。現在のような病院や福祉施設がない時代、多くの病人は祈祷や迷信に近い治療を受けることしかできなかったでしょう。むろん草木等を生薬として煎じたり直接食するような治療法はあったでしょうが、それはごく一部の簡易な病にしか効果はなかったと思われます。多くは家の中で横たわり回復を待つか　回復しなければただ死を待つよりほかに方法はなかったのです。回復したとしても後遺症や障害が残ったとしたら手の施しようはなくただそのまま置かれたのだと思います。

そのような時代に、この回廊はどのような役割を果たしていたのか。そこは障害のあるもの、不治の病に侵された者等が障害や病からの救いと癒しを求めて集まるところでした。ただその救いと癒しは、生薬の投与や看護や介護等、人々が助け合い、善意ある者による奉仕などによって成り立つ、現在の病院や福祉施設における治療や介護につながるようなものではありませんでした。

「彼らは水の動くのを待っていたのである。それは、時々、主の御使がこの池に降りてきて水を動かすことがあるが、水が動いた時まっ先にはいる者は、どんな病気にかかっていても、いやされたからである。」

ただ主のみ使いが水を動かすのを待つだけの場所でした。そしてその瞬間に真っ先に水に入るものだけ、立った一人だけが救われる場所でした。水はいつ動くのかわかりません、ずっとその瞬間を待つだけです。ただ待つだけなのです。病や障害を背負いその苦しみにあえぎながら、いつ起こるかわからない水の動く瞬間をいつまでも待ち続ける。そのような残酷な時間に耐えなければならないのです。

また水が動いたとしてもその瞬間に水に入らなければなりません、どうやって彼らは水に飛び込むことができるのでしょうか。体を引きずりながら真っ先に水にはいれたのでしょうか。誰かの助けを求め水に入れてくれと頼むのでしょうか。盲人もいたとありましたが、彼らは耳を澄まし水音のするのを聞き漏らすまいとじっとしていたのでしょうか。そしてどのようにして他の者を押しのけて飛び込もうとしたのでしょうか。水の動く瞬間、きっと多くの者が同時にそのことに気が付いたはずです。真っ先に水に入ろうと先を争って飛び込んだに違いありません。でも救われるのは真っ先に水に入ったたった一人だけです、他の多くのものは救われることなく水に溺れてしまったのでしょうか。

このような場所が救いや癒しの場所であるはずがありません。

でも彼らは自分だけが真っ先には水に入ることができるかもしれないという可能性を信じてこの回廊に横たわっていたのです。他にこの世界で救いや癒しをえることのできる場所はないと思っていたからです。自分を救ってくれる場所はここしかないと信じていたからです。

「さて、そこに三十八年のあいだ、病気に悩んでいる人があった。」

その回廊には38年もの長い間待ち続けた者がいたのです。

わたしはこの38年という時間のことを聞いて、先に述べた精神病院に長期にわたって入院している患者のことを思わずにはいられませんでした。むろん私に彼らの心情、心の在り方を知ることはできません。聖書に言うからだを横たえている人々と長期に入院している精神障害者の置かれている状況を比較することは適切ではないかもしれません。

だが、想像するに精神に病があると診断され、自らの意志であったか、強制されたかはあるにしても、入院したからにはその回復を信じて耐えてきたのだと思うのです。そして症状が改善され退院したいと思っても、多くは家族の事情からそれがかなえられず、じっと病院のベッドに身を横たえていなければならないのです。多分希望は、患者に救いと癒しを与えることのできるのは、家族からの連格だと思うのです。一緒に住もうという希望の連絡です。もしそれがあれば彼らは癒されるはずです。彼らはその連絡があれば真っ先にその連絡に飛びつくはずです。でもその連絡は無いのです。ただ待ち続けることしかできないです。内心はもうあり得ないのだと知っていながらただ待っているのです。いやもし連絡があったとしてももうたくさんの時間過ぎ去ってしまい過去には戻れないのだと知っていて一緒に住むことはできないとも知っているのです。でもただ連絡を待つのです。絶望しかないことを知りながらただ待つのです。

聖書はこう続きます。

ヨハネによる福音書5章 6節から9節まで

イエスはその人が横になっているのを見、また長い間わずらっていたのを知って、その人に「なおりたいのか」と言われた。

この病人はイエスに答えた、「主よ、水が動く時に、わたしを池の中に入れてくれる人がいません。わたしがはいりかけると、ほかの人が先に降りて行くのです」。

イエスは彼に言われた、「起きて、あなたの床を取りあげ、そして歩きなさい」。

すると、この人はすぐにいやされ、床をとりあげて歩いて行った。その日は安息日であった。

イエスはたくさんの横たわっている者の中から38年間病気で悩んでいる人に語りかけます。「なおりたいのか。」と。

病に苦しむ人にとって最も切実な願いは病から「なおりたい」ということのはずです。イエスはその最も切実な願いをしっていてこう問いかけるのです。病にかかって日が短ければ、また病そのものと向き合ってどうにかしたいと悩んでいるならば「はい、なおりたいです。」即座に答えたでしょう。

しかし38年も回廊に横たわり、水の動きだけを見てきた病人はその最も切実な願いを忘れて「主よ、水が動く時に、わたしを池の中に入れてくれる人がいません。わたしがはいりかけると、ほかの人が先に降りて行くのです」。と答えます。

重い患いのため自由に体を動かすことのできないこの病人は、真っ先に水に入ることのできないことが、自分を助けてくれる人がいないことが、自分にとっての苦しみであり、嘆きであり、そのことを訴えて救いを求めようとするのです。38年という時間が、その間ずっと置かれてきた境遇が治りたいという本来の希望を見失わせてしまっているのです。

また精神障害者も長期に、あまりに長期に、人生のほとんどを病院で過ごしてしまったために、入院している本来の目的、精神障害から回復するという切実な願いを忘れてしまっているのかもしれません、単純な類推はまた適切ではないかもしれませんが、病室の壁と窓からの景色だけが彼の人生になってしまい、家族との遠い昔の記憶だけが希望となってしまったが故に、いつまでも入院という絶望の淵に立っているのだと思うのです、これは彼が選んだわけではないでしょう。精神障害への偏見と差別がそのような境遇を強制したと言えるのです。

回廊に横たわる病人たちも社会には居場所が無くて、絶望的な偏見と差別からこの場所に追いやられたしまったということができるでしょう、家族からも見放され、真っ先に水に入ることが不可能であることを知りながら、他に救いを求める方法を与えられず回廊に捨て置かれたのかもしれません。

しかしイエスはそのような病人の言葉には答えようとはしません。

「起きて、あなたの床を取りあげ、そして歩きなさい」。

イエスは病人の言葉を無視します。でも病人の言葉を理解しなかったという言うことではないでしょう。水辺に横たわっている多くの人が同じことを思い、ある種の競争状態にあることは理解し、そのことで苦悩していること知っていました。イエスはそのような人々を救うために最も長く横たわっていた病人に「起きて、あなたの床を取りあげ、そして歩きなさい」。と命じたのです。

それは最も切実な悩みは何だったのか。最も切実な願いは何だったのか。なぜ癒しと救いを求めているのか。彼の人生において今何をしなければならないのかを根本的に示す言葉です。

「起きられないから起きたい、ならば起きなさい」

「起きたならば、起きられないために必要であった床を取り上げなさい」

「床を取り上げたならば、歩きなさい。」

病人の願いは、水に入る競争に勝つことではなく、起きて歩くことにあるのだと気づかせ、そうなるように命じたのです。水に誰よりも早く入ること、それは実現不可能なことだけれど、自分でどうにかしたという思いの表れであるともいえます。しかしイエスはそのような思いは競争に勝とうとする人間の業であり、そのような業を捨て、私の命令に従うことこそが救いと癒しへも道なのだと説いているのです。

「すると、この人はすぐにいやされ、床をとりあげて歩いて行った。その日は安息日であった。」

病人がどこまで理解したのかはわかりませんが、彼は命じた通りに歩いていきます。

長期入院の精神障害者にとっても、イエスは同じように命じるでしょう。「「起きて、あなたの床を取りあげ、そして歩きなさい」と。それは精神病院のベットから起き上がり、病院にある荷物をまとめ、病院から出て、そして歩きなさい。というような意味になると思います。何故長期にわたって人院せざるを得ないのか。家族に受け人れられることを望みながらそれがかなわないからです。無論世界で最も多いとされている日本の精神科人院ベット数、それを常時満床とすることで成り立つ病院側の経済的課題、長期にわたる拘禁状態や継続的な薬物治療による患者自身の社会性の喪失など、現在の精神科医療の抱える複雑な問題が背景となっていることは事実でしよう。だが、なぜ人院までして病院にいるのか。それは精神疾患から回復し、一人の人間とし社会に復帰するためです。家族のもとに帰るため、家族に受け人れられるためだけではないのです。家族が社会生活の基盤であり家族に受け人れられることが望ましいことかもしれませんが、根本的な希望は、病院から出て、社会の一員として生活していくにあるはずです。

「あるきなさい」ということは自分の足でたち、その足を自分意志で動かすことで、前に進むことです。イエスは自分の意志とカで歩けと命令しているのです。どのような境遇にあろうとも、自分の最も希望するもの、根本的な願いに気づき、その希望と願いをかなえるために起き上がり、歩けと命令しているのです。その命令は38年にわたってべテスダの池にある回廊に横たわっていた病人にだけに命じられたのではありません。

それはイエスが自らの権威の表れとしてすべての人びとに命じているのです。

マルコによる福音書にはこうあります。

マルコによる福音書2章9節から12節

中風の者に、あなたの罪はゆるされた、と言うのと、起きよ、床を取りあげて歩け、と言うのと、どちらがたやすいか。

しかし、人の子は地上で罪をゆるす権威をもっていることが、あなたがたにわかるために」と彼らに言い、中風の者にむかって、

「あなたに命じる。起きよ、床を取りあげて家に帰れ」と言われた。

すると彼は起きあがり、すぐに床を取りあげて、みんなの前を出て行ったので、一同は大いに驚き、神をあがめて、「こんな事は、まだ一度も見たことがない」と言った。

中風で病む人にもイエスは同じように命じています。ただここではなぜ命じたのか、その理由が明らかにされているのです。それは、「人の子は地上で罪をゆるす権威をもっていることが、あなたがたにわかるために」ということです。「起きよ、床を取りあげて家に帰れ」とは、「罪を許す、そして新しいあなた自身を生きよ」という命令なのです。3 8年間横たわっていた人にも同じことが言えます。「罪を許す、そして新しいあなた自身を生きよ。」とイエスは命じているのだと。罪を許すとは、イエスの権威に気づき、その命令に従い、生まれ変われということを意味しているのだと思います。ではなぜイエスにはこのように命ずることができたのか。むろん神にその子として権威を与えられているからです。

そしてその権威は。実はイエスの犠牲によって神から与えられているのです。

イザヤ書53章3節から5節

彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。

まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。しかるに、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。

しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼はみずから懲らしめをうけて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。

イザヤによるイエス・キリストの預言の言葉です。何故イエスは命じることができたのか。それはイエスが、「われわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。」からです。

そして「われわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれた」からです。その結果として「われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされた」からなのです。イエスが私たちのすべての罪を背負いそして犠牲となることによって、私たちの罪を許されたのです。

38年横たわっていた病人、中風の者が、起き上がり歩くことができたのも、イエスがすべての人びと苦しみや悲しみを背負い、すべての人びとの罪を背負ってくださるからなのです。そのことがあるからこそイエスは権威を持って命ずることができるのです。

精神障害で長期に人院している人々に、イエスの権威に従へとは言えません。彼らの心に寄り添い、深い悲しみにあること、絶望の淵に佇んでいることに、まず私たちが気づかなければなりません。そして、悲しみと絶望の淵から希望と願いの瀬と、どうしたら起き上がり歩き、辿り着くことができるのか。悩みながら共に考えなければならないのです。それには精神医療にかかわる者だけでなく、このような現実を許してきた私たち一人ひとりの責任です。

そこまでは解っても、ではどうすることができるのか。

でも人院患者の早期退院や社会参加を促す市民運動があり、福祉サービスの充実が制度的にも進展し、また医療従事者や福祉施設職員の献身的な努力がなされているのも事実です。このような進展と努力がさらに進み、多くの精神障害者が病院を出て社会参加できるよう祈ります。

イエスの権威ある命令は、私たち一人ひとりにも下されているのです。

「起きて、あなたの床を取りあげ、そして歩きなさい」。

この命令に従い、自らの足で立ち、本当の希望と願いに目覚め、それを目指し、前を向いて歩いていかなければならないのです。

「本当」と書いていて次の宮沢賢治の言葉を思い出しました。

「僕もうあんな大きな闇の中だってこはくない。きっとみんなのほんたうのさいはひをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に行かう。」(銀河鉄道の夜)

イエスの「なおりたいのか」という問いは「ほんとうのさいはい（本当の幸い）」は何かという問いでもあるように思うのです。